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日露戦争の開催を決定した御前会議においては

日露戦争の開催を決定した御前会議においては明治天皇と桂内閣の5閣僚(総理・外務・大蔵・陸軍・海軍各大臣)と5元老(伊藤博文・井上馨・大山巌・松方正義・山縣有朋)の計11名で構成され、統帥部の出席は認められずにその決定に従って作戦計画を作成することになっていた(政略主導の両略一致)。

これについて「参謀総長であった大山巌・山縣有朋[5]が御前会議に出席している」という反証が出されるが、大山・山縣はこの時に元老の待遇を受けて、国政について諮問を受ける立場にあったために参加を求められたものであり、当時の記録類にも大山・山縣は「元老」として記載されて「参謀総長」という肩書きは書かれていない。こうした待遇を受けていない参謀次長の児玉源太郎や海軍軍令部長の伊東祐亨が御前会議に出席できなかったこともそれを示している。
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だが、この事実が当時の幹部以外の軍部関係者には認識されず、大山・山縣は参謀総長として出席したと解されたらしく、以後の御前会議で統帥部が出席する根拠とされ、また事実と全く反するにも関わらず「政府の決定によって統帥部の決定がひっくり返された前例はない」とする“神話”が生み出されたと言われている。

しかも、日露戦争が軍部の説く「統帥権の独立」の定義に抵触する「政略主導の両略一致」に基づいた戦争遂行が行われた事実を認識しなかった軍部は昭和期の戦争における両略一致を、「統帥権の独立」原則に反しない軍略主導で実現させようと試みるようになるのである。

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2009年06月09日 13:56に投稿されたエントリーのページです。

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